第17回公演ファイト:フライヤー ボツ原稿公開

ファイト第17回公演ファイトのフライヤー作成時の、ボツ原稿を公開してみました。
非常に長い文面ですので、時間のある時にお読み下さい。



第17回公演ファイトは、「フライヤーを手にしたお客様に、何を伝えるか?」
「何を期待して足を運んでもらうか?」
という部分で非常に頭をなやませた作品でした。


第一稿

 高校野球の醍醐味といえば、やはりスクイズ。
記憶に新しい所で、2006年夏の甲子園決勝。マークンこと田中将大選手を擁する駒大苫小牧と、ハンカチ王子こと斎藤佑樹選手を擁する早実との対決に、スクイズの素晴らしいさが凝縮されていた。

 延長11回表、駒大のスクイズを見破った斉藤は、スライダーの握りのままスクイズを外しにかかる。しかもそれはウエストではなく、ワンバウンドする投球だったのだ!
3塁に走者がいる場合、ワンバウンドする投球なんて、野球のセオリーから外れている!

これはもう魔球である!
僕は痺れた!感動しまくった!

 実は斉藤投手がワンバウンドする球でスクイズを外すのは、これが最初ではなかった。この年の甲子園で彼は、3度、4度と、ワンバウンドするボールで相手打者のスクイズを外していたのだ。僕は、彼の度胸の良さ、捕手を信頼する心に、強く心を打たれた。

 後になってから知るのだが、、、、
その前年にも斉藤早実と田中駒大の対戦があった。その時、斉藤の投げた低めの変化球をキャッチャーは後逸してしまい、リズムを乱した斉藤は打線につかまる。結果早実は敗れる。
 その後、早実のキャッチャーはショートバウンドの捕球特訓を開始する。それが2006年夏の、斉藤投手の「魔球ワンバンスクイズ外し」を生み出したのだ。

 僕にも、あんな魔球が投げられるだろうか?
そんな事を考えていた僕は、高校で野球部に入り、日夜魔球を生み出す特訓をしている。魔球の虜だ。スクイズの事なんか、もうどうでもよい。

「人との信頼が魔球を生み出す。一人では不可能」
といった所でしょうか?

脚本が最初の数ページのみ仕上がった状態の時に作成した文章。
冒頭の掴みシーン「魔球ごっこ」を思いっきりフューチャーして作成した草稿。

座長の
「いや、魔球は重要なファクターじゃないから。冒頭のお遊びだから(笑)」
の言葉で却下となりました。


第二稿

 久しぶりに書いてます。今回から手書きに戻しました。手書きからワープロ。
 そして10年前を思い出してまた手書きに。劇団員達に迷惑をかけています。読みづらい。活字に打ち直し等々。

 今回のお話はアタシがおおよそ10年前に引き起こした大失敗が発端です。
 当時のアタシはある事に熱中しておりそれなりの努力もしておりました。が、ある日、大失敗をしでかしてしまい収拾のつかない事に。

 幸い大失敗はある一味の連中の手により最悪の事態だけは避ける事ができ単なる失敗に済みました。今となってはいい思い出とは申しません。
 あの時の失敗は今でもアタシの敵です。イヤ、「強敵のままです」。 とは言っても今回のお話にはその時の失敗は登場しません。それに纏わるエピソードもでてきません。

 でてくるのは未来です。それじゃ、10年前の失敗のくだりは何だったの?
 まあ、考えてみれば未来なんて想像できても実際にはわかりません。わかれば10年前の失敗もなかった事でしょう。

 そして、あの大失敗のあとに残った言葉が「ファイト」でした。
今回はそんな過去と未来が重なり合う物語です。

「挑戦と失敗。そこから這い上がる人間のあり方」
を主題にした文章になっています。

この文章は座長自らが、台本執筆作業を中断して書いてくれたもの。

わざわざ座長が書いてくれたものなのに、劇団員たちは
「お芝居の内容に触れてねーじゃん!」 とこれを却下。
暇ステ内部では時々このような下克上が発生してしまいます。


第3稿

迷走して参りました!

「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのもの。
だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」

こんな素敵な文章を一つの熟語であらわすと、「一期一会」 という言葉になるそうだ。

茶道に由来する言葉だが、茶道とは元々は武士の娯楽。

「真剣勝負に生きる者たちの、2度と訪れないかもしれない休息の日々を、その場に居合わせた者達で、大切に過ごしましょう。」と、その心意気を表した言葉だ。

昔々、戦いの勝ち負けは即、死につながった。「真剣」などとわざわざ銘うたなくても、勝負は本当に真剣だった。戦いの勝ち負けには、生死が、少なくとも生活が掛かっていたはずだ。
今の時代、「真剣勝負」などと謳っても人は死んだりしない。「死ぬ気で頑張れ」なんて応援しても、実際に人が死ぬわけじゃない。

今となっては、生死はおろか生活が掛かっているような勝負するのはギャンブラーくらいだ。大人になると無駄な勝負は避けて、誰かに任せちゃうのが要領の良い生き方だ。

試しに「一期一会 真剣勝負」とインターネットで検索してみる。
トップに出るのはラーメンのブログだ。
2番目には「酒のつまみにもってこい!チクワのみやび揚げ!」
と来たもんだ。

僕らの目指す真剣勝負は、ラーメンなのか、チクワのみやび揚げなのか。
目指せ一期一会だ。 ファイト!

「真剣勝負と一期一会」
現代において希薄になっている部分を取り上げてみました。

「武士よりも高校野球部員にスポットを当てた文章が欲しい」
との言葉で却下。
「ギャンブラーとかブログとか、余分なキーワード必要ねーよ」
と厳しい意見も続出。
文章自体も迷走していて、何が言いたいのか良く解らなくなっています。


第4稿

全国の強豪ひしめく、全国高校野球選手権。
そこに挑む名も無き弱小野球部の物語。目指せ甲子園!!

甲子園を目指さない高校球児なんて、結婚しない家事手伝いと同じだ!
目的も無く、ただ遊んでいるだけ? そんなの野球部の名を借りた、ニートだ!

男として、野球部に入ったならば、目指せ甲子園・目指せ全国制覇!である!

さて。「浪人」と云う言葉がある。江戸時代末期、浪人の多くは志士となり、幕府を倒す勤皇の志士となり、また逆に京の治安・幕府を守る新撰組となり、活躍した。
しかし浪人とは元々、武士としての所領と職を失い浮浪する者たちをさしたのだ。
彼らは、職も目的も持てず、ただ、その日を暮らすだけだった。
「浪人」 という言葉は元々、日本の階級社会からあぶれた、いわばニートのような存在だったのだ。

しかし幕末、彼らは光り輝く存在になった。
幕末には、ニートから日本を救うヒーローにまで上り詰めた人物が沢山いる!
日陰でくすぶる者たちよ、そこから何かを学べ。そして立ち上がれ!

劇中の野球部員 → 甲子園を目指さない → ニートみたいな球児 → 全然イケてない
幕末の浪人→ 今で言うニート → でも光り輝いていた

という図式が、今回のお芝居の表現として「おもしろい」となり、基本路線が完成。

「もっと平易な文章で、もう少し野球部員側にスポットを当てた文章で」
の意見の元に、さらに文章の書き換え。


完成品

浪人とは本来、武士としての所領、仕官、職を失った浮浪する者たちの事だ。
誰にも学ばず、仕えず。だから自堕落な生活をするものも多かった。
これはもう立派なニート。

強豪ひしめく、全国高校野球選手権。僕らは弱小野球部員。
甲子園なんて夢のまた夢。目的も無く、練習らしい練習もしない。
もう そんなの野球部じゃない!結婚しない家事手伝いと同じだ。 
極論すれば野球ニートだ。

幕末、浪人達は志を持ち、日本を動かし始めた。
それを知ったニートのような野球部員が、今、目覚めはじめた!!
男として、野球部に入ったならば、目指せ甲子園! 目指せ全国制覇!
迷うな。いざとなったら切腹だ!!

どうでしたか?
暇だけどステキは、お芝居に関わる一つ一つを、沢山の意見を取り入れながら全力で作っています!




おさみきがハマグリ写真を公開しました。 <<次のページへ>> 井上キホーが携帯を買い換えました。